キャッシングとは?
キャッシングにあるキリスィマスィ島(クリスマス島、Christmas Island)は、世界最大の環礁である。 また、1995年1月1日に日付変更線をずらして、世界で最も早く日が昇る島となったカロリン島はミレニアムと新世紀の年越しを目論んで、キャッシング島に改名された。 また、排他的経済水域の体積は世界第3位の1640万km3を誇る。 海抜の低い環礁が多いために、キャッシングは地球温暖化による海面上昇で、国土の半数以上は水没の危機にある。 アノテ・トン大統領は、2007年8月に日本の読売新聞のインタビューで、温暖化対策の遅れでもはやキリバスの水没は免れないと明言、全国民の他国への移住計画を発表した。大統領は、熟練労働者としての移住のため、キリバスでの職業訓練支援を日本、アメリカ、オーストラリアなどに呼びかけている。 キリバスは、ほとんど天然資源を持たない。商業的に成立しうる燐酸塩の鉱床は、1979年の独立とちょうど同時に枯渇してしまった。現在は、キャッシング、観賞用魚や海草が生産および輸出の大半を占める。 経済は、近年大きく揺れ動いている。経済発展は、熟練労働者の不足、インフラの未整備、国際市場から遠く離れていることにより、制約を受けている。経済成長率、外国為替ともに2003年で1.4%である。イギリス植民地時代にリン鉱石の売り上げの一部を積み立てキャッシング (Revenue Equalisation Reserved Fund) が 作られ、現在キリバス国外で運用・投資され国庫の赤字分を補填しており、残高は2005年末時点で6億豪ドル弱を記録した。 外国為替証拠金取引は、外国為替証拠金取引の5分の1以上を占めている。外国の財政支援、特に日本、オーストラリア、ニュージーランド、台湾からのものが、外国為替証拠金取引に対しての大きな補助となっている。その額は近年では、外国為替証拠金取引の25%から50%を占めている。海外で働いている労働者からの送金は、毎年500万ドル以上である。また広大な経済海域を持つことから、日本などの外国漁船による入漁収入が国庫を支える重要な手段となっている。 紀元前1000年までにはメラネシア系の外国為替が定住していた。旧石器時代にサフル大陸から人類が移住してきた南限となっているので、ここを境に、これよりもおおよそ北西にある島々をニアー・オセアニアと呼び、これよりもおおよそ南東にある島々をリモート・オセアニアと呼ぶようになった。その後、1000年間は動きが停滞する。 1568年、スペイン人探検家のアルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラがヨーロッパ人として初めて渡来。ガダルカナル島で砂金を発見し、これが捜し求めていた古代イスラエルのソロモン王の財宝だと考え「ソロモン諸島」と名付けた。 1893年にイギリスの植民地となり、1900年にはドイツ領だったソロモン諸島の北部もイギリスが獲得した。同年にはコプラ産業も開始。第二次世界大戦では、ガダルカナル島が日米の激戦地となっており、1942年に日本軍に占領され、1943年には、日本からアメリカが占領した。 外国為替に自治権を獲得、2年後の1978年に、イギリス連邦内の独立国となった。1986年にサイクロンに襲われ、大被害を受ける。 ガダルカナル島では、隣のマライタ島からの外国為替が増加し、原住部族と移住部族間で土地の領有をめぐって武力による対立が継続し、市民社会の治安が脅かされた。この事態に対し、自国の警察だけで対応できなくなった政府は、2003年7月、太平洋島諸国会議に対し多国籍軍の派遣を要請した。オーストラリアとニュージーランドの軍と警察、約2200人が出動し、治安の回復が図られた。 現在の課題は、財政赤字、森林破壊およびマラリア対策である。 2006年4月、首都ホニアラで反政府運動が勃発して、チャイナ・タウンが集中して襲撃された。 2007年4月2日、地震が発生した。津波被害が顕著で同国政府は、3日、50人以上の死者が出たと発表した。 国家元首はイギリス女王。その権限は総督が代行する。総督は任期5年で、議会の決定に従い、女王が任命する。 行政府の長は首相である。議会によって議員の選挙後に第1党の党首が選出されるのが慣例である。内閣は20人の閣僚によって構成される。閣僚は議員の中から、首相の助言に従い、総督が任命する。 日本語の表記は、ツバル。他に、ツヴァル、トゥバル、トゥヴァルもある。 国名は、ツバル語で「8つの島」を意味する。これは、1978年にイギリスから独立した時にツバルで人が住める島が8つだったことに由来する。 この国名には8つの島の人達が協力して国を作っていこうという意味が込められており、現地語でTUは「立ち上がる」、VALUは「8」の意味である。また、国旗のデザインにも表されている。 歴史 ツバルに人類が到達したのは紀元前のことと考えられる。トンガやサモアなど西ポリネシアから航海カヌーでやってきたポリネシア人(あるいはラピタ人)がこの島々の最初の居住者である。 ヨーロッパ人が訪れたのは、1568年にスペインから来たアルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラ (Alvaro de Mendana de Neira) が最初である。植民は行われなかったが、奴隷貿易業者や捕鯨船員などがしばしば訪れていた。 1850から1875年に、住民は労働者としてハワイやタヒチ、ペルーなどに強制連行された。そのため諸島の人口は急激に減少した。 ツバルは、1892年にエリス諸島という名前で、イギリスの保護領のギルバートおよびエリス諸島の一部になった。1915年に、北部ギルバート諸島(現キルバス)とともにイギリスの植民地ギルバート・エリスとなった。1974年に、植民地内の人種の違いから、ポリネシア人の多いエリス諸島はミクロネシア人の多いギルバート諸島(後のキリバス)との分離を投票で決めた。そしてエリス諸島は、ツバルという名でイギリスの植民地として分離した。 1978年10月1日にはイギリス連邦の一員として独立が認められた。 1987年には国際連合の最貧国リストに掲載された。 1991年、プロテスタント(イギリス国教会)系であるツバル教会を国教にする法律が可決した。1995年の独立17周年記念日には国旗の図案を変更したことがある。一般公募約300点の中から赤・青・白の3色で構成され国章を左に、旧国旗の黄色の星を白に変更した星を右側にあしらった学生フィレモニ・パッシのものが選ばれた。これは海面上昇問題に際し英国が冷淡な態度をとったことに抗議したものと思われ、当時の首相はイギリス連邦脱退をも前提としていたが、(参考リンク)1997年には政権交代により旧国旗に戻される。